今日、お伝えしたいのは、

「どうやったらみなさんの思いと共に「未来」を作れるのか」です。

大学生だった私は、元参議院議員の江田五月さんのインターンシップとして伺いました。

多くのことを学ばせて頂きました。

ここで1番の課題と感じたことは、「若者がいない」こと。

「若い政治家がいない」ではなく、

政治の現場に「若い人の声が届いていない」ということ。

このことが、「何より大きな課題だ!」と問題意識を持ちました。

「若者の投票率が低い」「若者の政治離れ」

「どうして若い人は政治の話をしないのだ」

こんな声を10年以上も前から聞いていました。今も耳にします。

この原因は、「若者」にあるのではない

この原因は、「政治」が作っていると気付きました。

「若者の政治離れ」ではなく、「政治の若者離れ」を

どうにかしたいと10年間に亘り活動するようになりました。

2015年、「18歳選挙権」を成し遂げることができました。

国会で参考人としてお話をさせて頂き、選挙管理員委員会・文部科学省が

作成する教科書にも関わらせて頂き、全国の中学校・高校に授業で

伺うことができるようになりました。

「私より若い世代に、政治のことを知ってもらい、

そして前向きに関わってもらいたい」

という思いで活動してきましたので、学校で授業をさせてもらえたことは、

本当に、本当に、嬉しいことでした。

実は、選挙権が18歳に引き下げられる前、

多くの学校に「授業をさせてほしい」と電話をしたことがありました。

電話を100件かけても、200件かけても、学校の先生は1人として

会ってくれませんでした。

「18歳選挙権」になったことで、世の中がガラリと変わりました。

やっと、「政治」に対して、

「民主主義の担い手を育てるということ」に対して、

「若い世代」に対して、社会が向き合い始めた。大変、大変、嬉しく感じました。

学校の授業に行き、先生が私を紹介してくれます。

「これから政治の話をしてくれます」と先生が話し始めると、

生徒さんたちはスッと目をそらします。

「政治なんて関係ない」「そんな難しいことはわからない」

大人は、ここで判断してはいけません。授業が終わる頃には、変わっています。

私に「選挙に行きたい」「政治に関わらなければいけない」と声が寄せられる。

私は嬉しく思いました。「若者が政治に近づこうとしてくれる」

嬉しかった。嬉しかったのですが、

同時にモヤモヤとした思いを抱えることになりました。

「若い人たちが変わろうとしているのに、なぜ政治は変わろうとしないのだろう」

日本が抱える借金は1,000兆円を超えました。すごい勢いで増えています。

「この借金は、いつ、どこで、誰が、返していくのか」

「子どもの7人に1人は貧困である現実」

「大学を卒業した若者は奨学金というローンを抱えて社会に出なければならない」

こんな課題をおざなりにしていていい訳がありません。

この会場に入る前、大学生約30人と枝野代表と共に様々な話をしました。

「結婚」「仕事」「家庭」などいろんな話題、いろんな意見が出てくることを嬉しく思いました。

がしかし、その大半は、前向きな話ではありませんでした。

働くこと、学び続けること、結婚すること、

それぞれ心配・不安のコメントを聞くたびに「どうにかしなければ」という思いを強くしました。

これまでにも「若者のための政治をする」と宣言した政治家はいたのだと思います。

私はその方々のもう一つ上の「覚悟」があります。

将来を作る世代のための政策と、高齢者のための政策とが必ずしも

相反する政策だとは思っていません。

しかし、どちらかを取れと言われれば、

何よりやるべきは「将来を作る若者たちへの政策」だと

言い切れる政治家になります。

岡山生まれではありますが、岡山県内をくまなくグルグルと訪れる機会は

ありませんでした。県内のいろんな場所に行きました。

例えば、人口2000人以下の西粟倉村。

ここで、本当に多くの刺激を頂きました。

50年間続けてきた林業のまち。

ここから先50年を見据えて、100年続く林業のまちを作っていこうと、

まちの人たちが覚悟を決めて取り組んでいる。

まちの人の思い、政治の思い、その覚悟と思いに共感した人が

全国から集まっている。好循環を生み、まちが盛り上がっていく。

決して、国がこういうまちにしなさいと言った訳じゃない。

国から、前例を押し付けられた訳でもなく、

一般的な活性化のケースを教えられた訳でもない。

結局は、「地域の力」だと思います。

県内には27市町村があり、もっと前には78市町村がありました。

どの市町にも行きました。当たり前ですが、1つとして同じところはない。

国が決めた方針で自分の住んでいるまちの未来を決めるのではなく、

地域に住む人の声がまちを作っていく政治のあり方が大事だと胸に刻みました。

色々な場所を訪れていると、こんな悔しい体験もありました。

20代の若者で、中山間地域で食材の宅配をしている仲間がいます。

週に一度、高齢者のお宅に配達をしているそうですが、

気付くことがあるそうです。

体調や衰えだけでなく、一人でいると認知症が進むこともあるようです。

その彼が教えてくれました。「変化に気づいても何もできない」と。

困っている人がいる。

これは行政や政治の仕事だろうと任せておけばいいのではなく、

一緒に取り組むことができれば、困っている人を支えられる。

「もう行政だけで、まちを支えていこうとするのはやめませんか」

「地域の人たち、地域の人たちの力を信頼することからスタートしませんか」

ここまで話してきましたが、

具体的に何をしようと考えているか2つお話しします。

私は、「子ども家庭省」を設立したいと考えています。

ここまでお話ししたように「若者」「将来を作る人たち」が

重要だとするならば、正面から向き合う省庁を作るべきだということです。

例えば、「学生が働く」ということを題材に考えてみます。

どんな職業があるのか、実際に働いている人の話を聞いてみるなど

キャリア教育を行う「文部科学省」、

学生の中小企業への就職を進めるための活動を行う「経済産業省」、

就職ができない学生に向き合う「厚生労働省」がある。

なぜ、バラバラにやる必要があるのでしょうか。

「若者世代」「将来を作る人たち」を中心に据えるのであれば、

一緒に取り組んでいくことが大切なのではないでしょうか。

少子高齢化の今だからこそ、やらなければいけないと思うのです。

「少子高齢化」の中、高齢者が増え、若者世代が減る。

心配や不安を感じることは理解した上で、この時代だからこそ、

問題を先送りせず、「若者世代」「将来を作る人たち」を優先した政策を

今だからこそやると決心しています。

もう一つは「年金」のこと。

先日、ニュースになりましたが、1人2000万円足りないそうです。

金融庁の出した報告書の捉え方は人ぞれぞれだと思います。

私が1番感じることは、

年金を含めた社会保障制度が

このままでは成り立たなくなることはわかっていながら、

「政治家が目を向けない」こと。

もうこれ以上先送りにしてはいけない。

私が20歳の頃、仲間たちたと話したことを覚えています。

「僕らの世代は年金もらえるのだろうか」と。

何年も経ちました。同じ課題を今も抱えています。

どんどん大きくなっています。

このことに向き合わない「政治」「政治家」に対して

「若者世代」は不信感を強めています。

今、年金をもらっている世代は、

今後も暮らしていけるだけの年金をもらえるのだろうかという

不安を抱えていることでしょう。

若者世代の不信感と高齢者の不安。

両方ともしっかり受け止めて、

抜本的な解決をするべく向き合うことをしていかなければならない。

高齢者を若者世代が支えるという図式が成り立たないのであれば、

同世代での支え合いも検討しなければならないかもしれない。

今までやってこなかったことも真剣に考え、

リスタートしていかなければならないと思っています。

私、大学生時代に言っていた言葉があります。

「鳴かぬなら オレが鳴こう ホトトギス」

若かったのでしょう。今はちょっと違います。

「鳴かぬなら 一緒に鳴こう ホトトギス」とか

「鳴かぬなら みんなで鳴こう ホトトギス」とか。

一緒に何かをやっていく、そういう時代に、

そういう政治になっていくのだと思っています。

そして、ここ岡山からこの新しい時代に新しい政治を作っていく。

そのためにみなさんのお力を貸して頂きたい。

「過去は大事だが、問題は未来だ」

「将来世代」を最優先に政治活動をやっていきます。

「若者と政治をつなぐ」活動をやってきた

私33歳の原田ケンスケだからこそ、

若者最優先の政治をやることに

これ以上の大義があるでしょうか。

今までとは違う私のような政治家が、

一人くらいいてもいいじゃないですか。

この強い強いを思いは「将来世代」だけでなく世代を越えて、

ご理解を頂けると信じています。

ぜひとも、この思いを受け取って頂き、私に力強い声援を送ってください。

よろしくお願い致します。ありがとうございました。

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